第二十三話

タイ語を学習する中でタイ人との会話でも、特にお互いの顔が見えない電話での会話は苦手だと感じる人が多いかもしれません。私もタイ語を勉強し始めの頃、タイ人と電話での会話には集中力を要しましたし、意外と難しいと感じたのは電話を切るタイミングでしたね。日本でいうところの「じゃあね~、は~い」みたいのがなく、要件を言い終わるといきなり電話を切るタイ人が多いんです。

タイ人はとにかく電話が大好きです。現在では日本と同様スマホが普及しているので、SNSに没頭するタイ人も多いですが、以前はとにかく何かっていうと電話をしていました。メールやメッセージを送るよりも通話のほうを好みます。相手の都合はお構いなし、仕事中でも運転中でもお構いなし、大した用がなくてもお構いなしなんですね。タイの入国審査官がやる気なさそうに携帯で電話しながら仕事しているのを見たことがある方も多いのではないでしょうか。

唐突ですがバンコクにいた頃、“タイ人ってアジアのイタリア人なんじゃなかろうか”と思うことがよくありました。恋愛のこととなると我々と同じアジア人だとは思えないくらいに情熱的なのがタイの人々です。その情熱が悪い方向に向かったときには、それは恐ろしいほどの嫉妬心と執着心、猜疑心に変わります。そんなタイ人が携帯電話を持ったら何が起こるのか想像に難くありません。

タイ人が恋人や配偶者の携帯電話に一日に何度も居場所を確認するような電話をかけるのは当たり前です。相手の仕事が事務職で、勤務中に外出することがないような場合でも本当に事務所にいるのかを確認するために、事務所の固定電話に掛けてくる。もし相手が営業職なら、基本的にどこにいるのか、何時に帰宅できるのか分からないので気が気ではなく、日に何度も電話を掛けてくる。電話に出ないと信じられない数の着信履歴が残っている。どれもごく一般的で日常的なことです。

実際に私がタイ時代に経験した携帯電話恐怖体験を書いてみましょう。

私のタイでの仕事は男性中心だったので、同僚にしても顧客にしても男性ばかりでした。毎日同僚や顧客と携帯電話で連絡を取り合っていたので彼らの携帯には私との通話履歴が残っていたことと思います。疑り深く、嫉妬深い彼らの恋人や妻が、通話の相手が恐らく色白であろう日本人女性(タイは男女とも色白至上主義です)と知ったなら一体何を思うでしょうか。妄想だけで怒りを募らし、夫や恋人がいくら「取引先の日本人だよ」と言ったところでますます怪しみ、いよいよ居ても立っても居られなくなった彼女らは、後先考えずに行動に出るのです。

「あなたは私の家族から何を奪おうっていうの?」
「私は○○の彼女だけど、あんた誰?」
「私は○○の妻だけど、あなたも妻だって言うつもり?」
「遊びで人の幸せを壊すのはやめてください」
「悪いけど私が彼と結婚するんだからあなたは諦めて」

陳腐なメロドラマでも使えないようなセリフです。こんな電話やメッセージをはじめ、深夜の無言電話が何度あったことか。携帯電話が嫌いになるくらいでした。深夜、早朝など着信音が鳴るたびにドキッとしました。これがタイ語にもまれるということなのでしょうね。

タイ人を知れば知るほど、“タイの人はのんびりしていて大らかでいいよね”という日本人の言葉に素直に同意できなくなっていくような気がします。それでも最終的には憎めないのがタイの人々なんですよね。文句を言いながら、なんだかんだとタイと関わり続ける日本人が多いのも、同じような理由からかもしれませんね。

⇒次へ 第二十四話 「日本人が苦手なタイ語の発音 その1」