第十二話

私がまだ日本で働いていた頃、タイ人のことが知りたくてインターネットの掲示板を利用してメル友になった女子大生Jちゃん。タイ旅行の際に初対面したJちゃんは、お金持ちの中華系タイ人の子でした(第五話「タイの格差社会を垣間見る」参照)。タイ語留学のためにタイに渡った後もしばらくは交流が続いていました。彼女は大学を卒業し、まだ就職する気がないからと、大学院に進学していました。

Jちゃんも学生で暇を持て余しており、私も午後は授業がなく時間があったので、一緒に買い物に出かけたり食事をしたり、時にはドライブに連れて行ってもらったりしていました。私は極々中流の家庭で育った日本人なので、Jちゃんがデパートで定価の洋服や靴を、あまり吟味することなくぽんぽんと買っていく姿に違和感を持ち始めていました。Jちゃんの持っているATMカードはまるで打ち出の小槌のように見えました。Jちゃんが、駐車場などの警備をしているタイ人(タイ系のタイ人です)に対し時折見せる軽蔑するような態度も気になり始めていました。

ある日、Jちゃんが夜景を見に行こうとドライブに誘ってくれました。行った先は、恐らくラマ八世橋だったと思います。車で橋に差し掛かると、歩道にバイクを停めて川を眺めるカップルが見えたので、私が何気なく言ったんですね。

「カップルが夜景を見に来てるよ、羨ましいね」

その時のJちゃんの言葉が忘れられません。

「全然羨ましくなんかないよ。あれは貧乏人のすることだよ」

彼女の望むデートとは、映画を観たり、食事をしたりすることだということでした。Jちゃんとの隔たりが決定的なものになったような気がしました。

Jちゃんとは当初から英語でやりとりをしていたので、私が学校でタイ語を習い始め、少しずつタイ語が分かるようになってからも、気恥ずかしさからなんとなく英語で会話をしていました。ある時、Jちゃんの友人数人と食事をする機会がありました。その友人らとも英語で会話をしていたのですが、彼らがタイ語で私の話を始めました。焦ったJちゃんは、私が多少のタイ語を理解する、と言って友人を制止したときは時すでに遅し、です。

「彼女のお父さんは何の仕事をしてるんだろう」
「お父さんの年収ってどれくらいだろう」
「彼女の留学資金は誰が出しているんだろう」
「どれくらいのお金をタイに持って来てるんだろう」

私が、付き合うに値する家の出なのかが気になったのでしょう。この時、かつてJちゃんが私に聞いた質問の意味が分かったのです。

「いつもメールをくれるのは家のパソコンから?」

次第にJちゃんとは疎遠になっていきました。

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