第十話

片道切符を買って、スーツケースひとつでバンコクに乗り込んだ私です。バンコクでのアパート探しなどのお話は省略しますが、日本と違いバンコクで外国人がアパートを借りるのはとても簡単です。

私がタイ語留学のために選んだのはソーソートー(泰日経済技術振興協会付属タイ語学校)の四か月コースです。このコースでは、月曜日から金曜日の毎日、午前中三時間の授業が行われます。コースを修了すると、タイでの生活に必要な日常会話レベルのタイ語が習得できるというものです。ソーソートーの所在地が、バンコクの日本人が多く住むエリアにあるということ、短期コースの授業は平日の午前中のみに行われるということ、日本語で教えてもらえるということ、母体のしっかりした歴史ある学校だということ、以上のことが日本人の駐在員の奥様たちのニーズと合致するようで、このコースに通う人の九割(私の印象です)が駐在員の奥様たちです。タイ語を学習する日本人の間で“駐妻コース”と揶揄されるこのコースを、タイ語の学習が目的でタイに滞在する人が選ぶことはほとんどないようです。なぜなのでしょうか。

私が通ったクラスは、コース開始の時点で生徒が三十名おり、うち二十五名が駐在員の奥様たち、二名が駐在員、そして私を含む三名がタイ語学習のみが目的の人でした。駐在員の奥様達がタイ語をこのコースで習う理由は、タイでこれから生活するにあたり簡単な会話ができるようになりたいというのが主だと思いますが、中には明らかに暇つぶし、もしくは知り合いづくりのために来ているような人もいました。三十名という人数のいるクラスで、そのほとんどがタイ語学習に対してそう高いモチベーションを持ち合わせていない人たちである、というのがタイ語留学者がこのコースを選ばない最大の理由でしょう。

一方、私のクラスを担当したタイ人女性教師は極めて優秀な人で、一般的に抱くタイ人のイメージとはかけ離れた、せっかちな厳しい感じのベテラン先生でした。のんびりとした生徒たちの雰囲気とは裏腹に、イライラと時には舌打ちすらしながら教える先生の姿は微笑ましかったですが、その先生の授業は私にとっては大変素晴らしいものでした。授業のあとに個人的に質問に行っても熱心に教えてくれましたし、こちらにタイ語学習に対する熱意があると分かると、授業中に私にはわざと難しい質問をしてくれたりもしました。

三十名もいる生徒ひとりひとりに発音させたり、ひとりずつ作文を発表させたりするので、授業自体はゆっくりと進む印象ですが、退屈することなく学習できた理由を次にお話しようと思います。

⇒次へ 第十一話 「駐妻コース」