第十八話

いくらタイ語の文法や決まったフレーズを覚えても、又は単語帳を作って一生懸命単語を暗記しても、タイ語が出来るようになったとは言えません。タイ語が話せるようになる、要はタイ人と対等に会話が出来ると言えるようになるまでには次のような段階があると私は思っています。

1.自分が覚えた単語、又はフレーズを使ってみる。自分の要求を伝えるだけの言いっぱなしな時期。
2.タイ人が話すことの中で知っている単語がなくもないが、結局何の話かは分からない時期。
3.タイ人が話すことの中で知っている単語がいくつかあるので、想像力でなんとか相手の言っていることを理解しようとするごまかしの時期。これは程度を変えて長く続きます。
4.友人や恋人、同僚などの近しい間柄のタイ人とだけ問題なく会話ができるので、タイ語が出来るようになったと勘違いしてしまう時期。
5.最終的な理想形がここですが、どんなタイ人ともあらゆる内容の会話が出来る完成した時期。これは今でも私は100%自信があるとは言い切れません。初めて話すタイ人の言葉がすんなり耳に入ってこないと自覚することがあります。

この中で意外と厄介なのが4の時期ですね。タイに住んでいたとしても、じっくり会話が出来る相手は次第に限られてきてしまいます。そのタイ人が好んで使う言い回しや単語、また話題も限られていますし、相手の会話のスピードや声の調子にも耳が慣れてくる上に、相手の性格を知っているので、たとえ相手が言うすべての単語が分からなかったとしても、想像力で分からない部分の穴埋めが出来てしまうのです。

タイで就職をした私でしたが、社内の数少ない女性社員の中で経理のTちゃんと購買のJちゃんとは年齢も近くとても親しくなりました。特にTちゃんは私のお世話係のようになっていて、銀行や病院に行くときは必ず付き添ってくれていました。Tちゃんに通訳をしてもらうのです。ちなみにTちゃんは日本語も英語も話せません。

ある時、自宅の電話回線契約の件で電話会社のサービスカウンターに行くのに、いつものようにTちゃんに着いてきてもらったのですね。担当の女性が私に説明したあと、一語一句同じことをTちゃんが私に繰り返すのです。初めて会ったタイ人の言うことはすっと入ってこないのに、Tちゃんを通すと理解できるんですね。担当の女性が驚いて言いました。

「ピー(年上に対する敬称、Tちゃんのこと)はてっきり日本語の通訳が出来るんだと思いましたよ! 私が言っていることを繰り返しているだけじゃないですか!」

Tちゃんと私は、笑うしかありませんでした。

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