第十六話

もう初めから言ってしまいます。増えたのは、“体重”です。

タイに渡った当初、タイ語学校が始まる前のことです。まだタイ語では挨拶すら出来ないレベルで、それほどタイ料理のことも知らなかった上に借りたアパートにはキッチンがついていなかった(それが普通です)ものですから、なんとも寂しい食生活を送っていました。唯一買った電化製品である電気ポットでお湯を沸かしインスタントラーメンを作るか、近所のスーパーで出来合いの総菜を買って食べたりしていました。当時はコンビニのパンは食べられたものではなかったですし、冷凍食品もありませんでした。タイ語が出来ないので、屋台で買ったり食べたりする勇気がありませんでした。そうそう、アパートの傍に出していた焼鳥屋さんではよく買いましたっけ。焼鳥屋さんは指差しで買えますからね。

一度だけ勇気を出して、アパート近くのイサーン(東北地方)料理屋台に買いに行ったことがあります。歩道上にテーブルと椅子を並べていて、そこで食べることも出来ますし、持ち帰りで注文する人も多く、人気店のようでした。当時、かろうじて“ソムタム(青パパイヤのサラダ)”と“カオニァオ(もち米)”という単語だけは知っていたので、お店の怖そうなおばちゃんにその二言だけ告げました。何かを言われたような気がしましたが分からないのでそのままにし、お料理が出来るのをじっと待っていました。忙しいのは分かるけれど、なかなか作ってもらえません。私より後に来た持ち帰りの人たちがお料理を持って帰っていくのを見て、ああ無視されているなと分かりました。お腹は空いているのに手ぶらでアパートに帰りました。虚しくて涙が出そうでした。きっとおばちゃんは、何のソムタムにするのか聞いたのでしょうけど私が答えないので面倒だから放っておいた、といったところでしょう。ソムタムには色々な種類がある、ということを知ったのは後になってからです。

それとやはりタイ語が分からなかったときにはタクシーやバイクタクシーに乗るのが億劫だったため、とにかく炎天下をよく歩きました。おかげですっかりスリムになってしまいました。その後タイ語学校が始まり、徐々にタイ料理の名前を覚えていき、一緒に食事をする友達も出来ました。次々と新しいタイ料理に出合い、その魅力の虜になりました。もともと食べるのは大好きですからね。タイでの生活にも慣れ始め、タクシーやバイクタクシーにも気軽に乗れるようになると、自分でも気づかぬうちに体重はどんどん増えていきました。アパートの警備員に最近太ったと指摘されて初めて自覚したほどです。それから体重は高止まりのまま、現在でも毎日美味しくタイ料理を食べています。

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