第二十二話

タイ語が仕事の中心となる通訳や翻訳の仕事以外では、答えは限りなくノーです。言葉はあくまでも仕事をする上での道具にすぎません。そもそもタイにある日系の大企業には大抵タイ人の日本語通訳がいるものです。実際、タイ人通訳は日本語能力が高い人ばかりではありませんが、それで事足りている場合がほとんどです。日本人がタイで仕事に就くのに求められるのはその業務を行うのに必要な能力に加え、日本語の話せるタイ人にはないもの、即ち日本人としての常識なのです。タイに進出している日系企業は、働く人の考え方や仕事のやり方までもがグローバルだということは決してなく、結局のところ日本でやっている仕事とそのやり方をそのままタイに持ち込んでいるだけなので(タイに進出するのは、タイの安いマンパワーが必要なだけ)、仕事を遂行する上で日本人ならではの常識は必要不可欠なものなのです。

とはいえ、在バンコク当時のわたしのようにタイ現地で企業に採用されるいわゆる“現採”と呼ばれる日本人たちは、本来の仕事以外にもタイ人スタッフと日本人管理職の間を取り持つ役割も担わされることが多いので、タイ語がある程度出来て当然だという風潮もあります。通常の業務の他に、ときには通訳の真似事みたいなこともしなければならないわけです。

仕事の経験もなく、タイ語が出来なくても、日本人なら誰でも出来るような仕事がタイにはないとは言いません。だから気軽にタイで就職、と考える人も少なくないようです。その場合の雇用条件は、タイの法で定められた最低ラインにも満たない可能性すらあるので、個人でしっかりと見極めて決断する必要があります。

給与やその他の待遇が駐在員の半分にも満たない上に、仕事の量は駐在員のそれと比べ決して少なくない、いやむしろ通常やるべきことよりも多くのことを求められる“現採”という立場の者はやはり最後に、

「それでもタイに住みたいのか?」

と自分に問うことになるのでしょうね。

同じ仕事をするなら、企業からの命でタイに赴くのが条件としては最高である一方、駐在先がタイだけとは限らないのが実際です。タイでの駐在期間を終え日本に帰国する、或いは別の国に転任した人たちの多くが、「タイに帰りたい~」という症状に陥るのは有名な話です。それだけタイは魅力的な国であるということなのでしょうね。

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