第六話

私が二度目のタイ旅行で会った大学生たちは、皆揃って中華系タイ人と呼ばれる華人でした。現在ではタイの人口のうち約十五%が中華系タイ人だと言われています。彼らの祖先である中国人(主に広東省、福建省出身)がタイに多く移り住むようになったのは十九世紀初頭で、当時の首都バンコクではタイ民族よりも華人のほうが多かったとか。都市が形成される中で華人の果たした役割は決して小さくありませんでした。元々働き者の彼らはタイで財をなし、孫やひ孫の代になった今でも、タイの経済において重要な位置にいるのは華人たちです。農耕民族でのんびりと欲なく暮らすタイ民族が、商売に長けた働き者の華人に敵うはずもなく、おまけについ最近まで相続税がなかったこと(今でもごく一部の超富裕層にしか適用されません)もあり、格差は開く一方です。中華系タイ人であるJちゃんやその友達、T君は、一億総中流階級ニッポンのど真ん中で育った私などの想像を遥かに超えたお金持ちの家の子たちだったのです。

そもそもタイ人と話してみたいと思ってメル友を探した時点で、かなりの確率で相手が中華系タイ人であるというのは当たり前と言えば当たり前のことです。何故なら当時のタイで、家庭にパソコンがありメールをする環境があるということ自体がかなりのお金持ちでなければならなかったからです。加えて、英語でのやり取りが可能なのも一部の限られたタイ人です。

―もっとフツーのタイ人と話してみたい。フツーのタイ人と話すためにはどうすればいいのだろう

いよいよ次の段階に入ったようです。

―そうだ、タイ語を勉強しよう

どういう発想だか自分でもよく分かりませんが、この時はタイ語というマイナーな言語を勉強してでもタイ人と話がしてみたかったのです。私はタイとタイ人に一体何を求めていたのでしょうか。確かに当時の私は、自分のこれまでの努力や、存在意義さえ全てを否定されるような思いをした就職超氷河期に就いた職にはひとかけらの喜びすら見出せず、疲弊した毎日を送っていました。もしかしたら、自分ががんじがらめになっている常識というものをタイという国に破壊して欲しかったのかもしれません。

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